教育を問い直し、実践を深めあう             第28回埼玉教育研究研究集会開催

第28回埼玉教育研究研究集会

第28回埼玉教育研究研究集会

 11月12日、赤や黄、オレンジなど鮮やかに色づいた木々に囲まれた国立女性教育会館(ヌエック)を会場に日教組第67次、第28回埼玉教育研究集会が開かれました。午前中に開かれた全体集会では、主催者を代表して、嶋田和彦埼玉高教組中央執行委員長が挨拶。続いて埼玉教組の鳥羽教文部長が基調報告を行いました。続いて来賓として、持田連合埼玉副会長(埼玉平和センター議長)、民進党を代表して高柳さいたま市議(日政連)、社民党を代表して高橋川越市議から挨拶を受けました。また、日教組本部、上田県知事、小松県教育長、立憲民主党枝野代表、埼玉初中級朝鮮学校、関東ブロックの各県教組等々からお祝いの祝電・メッセージが披露されました。その後、前こども教育宝仙大学学長である池田祥子さんの記念講演(テーマ「教育勅語と教育基本法 -表面的な『断絶』と根深い『通底』」)に移りました。
午後からは、参加者が9つの分科会に分かれて、提出されたリポートを題材に、研究討議を深め、日教組教育研究全国集会のリポートを選出しました。

 記念講演の感想を紹介します。(比企支部の岡島孝徳さん)
 講演の前段は、森友学園が経営する塚本幼稚園で教育勅語を暗唱させたことの報道をきっかけとして、安倍内閣が「憲法や教育基本法に反しない形で教材として用いることまでは否定されない」という答弁書を閣議決定したことの経緯の説明でした。教育勅語は「天皇陛下が象徴することころの日本、民族全体のために命をかけるということ」(稲田朋美氏)を国民に説いたものであり、そのような国家観(「家族」のまわりを「国」が取り囲む「大福型」の国家観)を持つ人がいることは自由ではありますが、押し付けてはなりません。安倍さんも「大福型国家観」を一見、持っているように見えますが、彼の国家観は「天皇陛下が象徴するところの日本」という国家のまわりを東の彼方にある「大国」が皮のように取り囲んでいるのではないかと思えます。集団的自衛権などというイメージだけ勇ましい言葉を操って日本そのものを「大国」に差し出したのだから、本気で「天皇陛下が象徴とするところに日本」の復活を目指している人たちは、「俺たちをだましたな」と怒らなければならないのではないかとさえ思いました。
 池田さんはその後、教育勅語成立の経緯と、終戦後の教育勅語の扱いについて丁寧に話し、特に戦後、教育勅語の「大福型国家観」の是非をきちんと総括せずに「民主国家」に移行した弊害が、未だに尾を引いていると主張。「民主国家」とは、個人は個人で自立し、国家は国家で個人の外側に別個に存在するものとしてとらえる国家観です。これらの違いをきちんと意識することなく長い間放置されてきたため、「教育勅語には夫婦仲良く、兄弟仲良くなど、よい部分もある」というような主張がなんとなく受け入れられる素地になってしまっているという主張には、「なるほど」と思いました。「大福型国家観」は、家族が基礎単位で上位の存在として国家があります。そのような国家観では、上位の国家が下位の家族にその在り方を規定することに矛盾は生じません。
 最近、安倍首相は「人づくり革命」という言葉を使っています。「人を国がつくる」という感覚はとても違和感があります。「道徳」の徳目を国が規定することは、問題です。「大福型国家観」と「民主国家観」を混在させてしまった原因の一つに、教育勅語についての議論自体をタブーにしてしまったこともあるのではないかという池田さんの主張は、うなづけました。


 

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