原発いらない!! JCO臨界事故を忘れるな

9月26日、茨城県水戸市で、「再稼働を許さず、フクシマを忘れない!JCO臨界事故16周年集会」が原水爆禁止日本会議、茨城平和擁護県民会議などの主催で開催され、
埼玉平和センターの仲間とともに埼玉教組も参加しました。
JCO臨界事故とは、住友金属の子会社である(株)JCOが1999年9月30日、茨城県東海村内の核燃料加工施設内でおこした臨界事故です。核燃料を加工中に、ウラン溶液が臨界状態に達し核分裂連鎖反応が発生し、作業員2名が死亡、1名が重症となった他一般市民667名の被曝者をだし、30万人を超す人々が屋内退避を余儀なくされた、大きな原発事故でした。
集会では、茨城県平和擁護県民会議鈴木代表、原水禁藤本事務局長のあいさつに続き、臨界事故当時の東海村長であった村上達也さんのお話がありました。村上さんは当時、国や県の対応を待たず、辞職や損害賠償を覚悟で「人命第一」として独断で村民の避難を行ないました。原子力事故での避難は日本で初めてのことでした。その後、推進派から非難を受けながら「原子力に依存した村が発達できる時代は終わった」として、原子力発電所建設に慎重姿勢を示し、引き続き村政を担当しました。また、2011年の福島第一原子力発電所事故後には、脱原発の姿勢を鮮明にし、民主党内閣時には、国に東海第二発電所の廃炉を提案しました。村上さんは「過信と自惚れ、科学精神の欠如」があったとこれまでの原子力政策を強く批判するとともに、老朽化している東海第2原発の廃炉を強く訴え、ともに闘う決意を述べました。
その後、日本平和学会3.11プロジェクト委員長の茨城大学人文学部蓮井誠一郎教授が「原発再稼働に抗して〜運動を地域からどう根付かせていくのか」をテーマに講演を行いました。さらに、福島県双葉町出身の大沼勇治さん、東海第2原発差し止め訴訟団、からの報告、発言がありました。大沼さんは、一時帰還で帰宅した双葉町の現在の様子や、(中学時代の)自らの原発推進の標語「原子力明るい未来のエネルギー」が掲げられた双葉町の国道6号線を跨ぐアーチが危険性も緊急性もないのに、取り外されようとしていることに反対し、「負の遺産」として残すべきだとしておこなっている活動を報告し、会場から大きな共感を得ていました。
集会後、参加者は水戸駅宮下銀座から市内中心部までのデモ行進を行い、「JCO事故を忘れるな」「東海第2原発廃炉」「川内原発再稼働反対」ばかりでなく「戦争法案撤回」「辺野古新基地建設反対」などを道行く市民に力強く訴えました。JCOデモ

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